最近の本屋さんをながめた感じだと、第二外国語って今は中国語・韓国語なのかな?フランス語・ドイツ語・イタリア語の本棚スペースがだいぶ減っているみたいですね。
お隣の国の言葉を学ぶ人が増えてきているというのは、健全といえば健全ですね。
さて、今日はその端っこに追いやられつつある西洋言語のお話。
フランス語、ドイツ語といった西洋言語を第二外国語として学ぶ場合に、たいてい壁にブチあたるのは、男性名詞・女性名詞の存在、動詞の変化の多様さではないかと思います。
男性名詞・女性名詞なんて日本語にも英語にもないですからね。さらにそこにくっつく冠詞や形容詞まで名詞の性によって変化するわけですから、「うぜ~!!!!」となりますね。
そして拒否症になるというのがおきまりのストーリーです。
だけど西洋言語の中では、むしろ名詞に性がないのは逆に英語くらいのものです。僕たちは英語をはじめに勉強するので、どうしても外国語といえば英語が基準になりがちですから。でも英語ってかなり例外が多い言語ですよ、実際は。
それはさておき、なぜこんな男性・女性名詞なんてあるんだ?という質問へは、僕なりには「言葉がきれいに流れるように」と答えるでしょう。
たしかにどの言語でも母親とか姉に該当する言葉は女性名詞ですがあまり「男」「女」という性別でとらえるのは適切ではありません。むしろaで終わる名詞は女性名詞に多いというように音でとらえたほうがいいでしょう。
そこでaで終わる名詞につける冠詞はaで終わる冠詞を、同じく形容するときには形容詞もa で終わる形にそろえているんですね。
そうすることで+++a +++a ++++++aのように韻を踏むようにきれいな音をつくっているわけです。
そして彼らはそういう音の響きというか流れが自然で美しいとらえているのでしょうね。
もちろん、名詞の性については、例外規則がどの言語にもありますけどね。だからって辞書にかじりついて一個一個確認しようと気負わない方が勉強が長続きする秘訣かと思います。
名詞の性の問題は、単なる音合わせのために存在していると思えば割とすんなりと頭に入ってきますよ。
そう視点で英語をみると、英語は響きが不規則で野蛮な言語って感じもしますけどね。
外国語独学塾を主宰する多言語話者のブログです。30年以上海外と英語、スペイン語、フランス語、中国語を使ってビジネスをしてきた経験から、40代からでも外国語をものにできるようになるためのヒントを書いています。
2007年9月28日金曜日
第二外国語を習得するためのTIPS Part7
PART 7 やっぱり文法って必要?
さて、今回が一応、このシリーズの最後です。最後なので今日は思いっきり大暴論かまします。
私は語学習得に文法は不要という大暴論を掲げている人間です。(暴論その1)
理由は単純。ネイティヴは文法を(少なくとも初期段階で)学習することなしに言語を習得しているからです。それにネイティヴほど文法に疎かったりします。ネイティヴの例とするなら、日本語が一番わかりますね。
「駅の近くに本屋があります」というフレーズ。
これは(1)「本屋が駅の近くにあります」とは語順を変えることができますが、
(2)「近くに駅の本屋があります」といえば意味が変わりますし、
(3)「本屋が近くに駅のあります」だとまったく意味を成しません。
ではなぜ(1)の並べ替えはよくて(2)、(3)はだめかきちんと文法的に即答できますか?こういう質問について、たいていの日本人は「そういうのが自然だから」とか「そんなものだから」という説明しかできないのではないでしょうか。
もちろん、語学習得も中級レベルまできて、さらにきれいな言葉で話したいと思うのであれば、文法を勉強しなければいけないのはわかりますけどね。
ただ、それは私のいうところの「ツールとしての外国語」という範疇から離れています。
初期段階では文法をベースにするより、パターンを覚えるほうが早いように感じます。フランス語で簡単な例を挙げましょう。英語のbe動詞にあたるetre動詞の直説法現在形の活用です。(アクセント記号省略)
Je suis (一人称単数)
Tu es (二人称単数)
Il est (三人称単数)
Nous sommes (一人称複数)
Vous etes (二人称複数)
Ils sont (三人称複数)
こういう活用表をにらめっこして覚えるよりも、Nous sommes a Paris.(我々はパリにいます) とか Il est President-dorecteur general (彼は社長です)とか Cette affair est interessante(その取引にはメリットがある)といったフレーズを覚えていくほうが実際的です。
ヨーロッパ、特にラテン語系言語の人称の変化は主語に対する語感を整える程度の意味しかないと思います。(暴論その2)
さらに女性名詞、男性名詞なども、語感の調整と思ってフレーズで覚えていけば、文法書をにらめっこする必要はないです。(暴論その3)
時制だって、現在・過去・未来を表す形容詞・名詞が付随すれば、活用は不要であることを中国語が証明しています。実際の会話などでは、動詞単独で時制を判断するケースはまれでかならず形容詞・名詞(昨日とか来週といった単語)が伴って表現されるのです。つまり時制における活用も語感の調整にすぎないのです。(暴論その4、暴論の大暴走はとどまることを知らない)
所詮言語は単語・フレーズのデータベース集積であり、ある一定の量の単語・フレーズをデータとして脳内にインプットしなければなりません。そのデータ間にある法則性(これを文法というのですが)をいくらインプットしても(短期間で)言葉を操れるようにはならないのではないかというのが、私が常々もっている疑問でもあります。
ということで尻切れトンボのようですが、とりあへず今回のシリーズはこのあたりで終わりとさせていただきます。
さて、今回が一応、このシリーズの最後です。最後なので今日は思いっきり大暴論かまします。
私は語学習得に文法は不要という大暴論を掲げている人間です。(暴論その1)
理由は単純。ネイティヴは文法を(少なくとも初期段階で)学習することなしに言語を習得しているからです。それにネイティヴほど文法に疎かったりします。ネイティヴの例とするなら、日本語が一番わかりますね。
「駅の近くに本屋があります」というフレーズ。
これは(1)「本屋が駅の近くにあります」とは語順を変えることができますが、
(2)「近くに駅の本屋があります」といえば意味が変わりますし、
(3)「本屋が近くに駅のあります」だとまったく意味を成しません。
ではなぜ(1)の並べ替えはよくて(2)、(3)はだめかきちんと文法的に即答できますか?こういう質問について、たいていの日本人は「そういうのが自然だから」とか「そんなものだから」という説明しかできないのではないでしょうか。
もちろん、語学習得も中級レベルまできて、さらにきれいな言葉で話したいと思うのであれば、文法を勉強しなければいけないのはわかりますけどね。
ただ、それは私のいうところの「ツールとしての外国語」という範疇から離れています。
初期段階では文法をベースにするより、パターンを覚えるほうが早いように感じます。フランス語で簡単な例を挙げましょう。英語のbe動詞にあたるetre動詞の直説法現在形の活用です。(アクセント記号省略)
Je suis (一人称単数)
Tu es (二人称単数)
Il est (三人称単数)
Nous sommes (一人称複数)
Vous etes (二人称複数)
Ils sont (三人称複数)
こういう活用表をにらめっこして覚えるよりも、Nous sommes a Paris.(我々はパリにいます) とか Il est President-dorecteur general (彼は社長です)とか Cette affair est interessante(その取引にはメリットがある)といったフレーズを覚えていくほうが実際的です。
ヨーロッパ、特にラテン語系言語の人称の変化は主語に対する語感を整える程度の意味しかないと思います。(暴論その2)
さらに女性名詞、男性名詞なども、語感の調整と思ってフレーズで覚えていけば、文法書をにらめっこする必要はないです。(暴論その3)
時制だって、現在・過去・未来を表す形容詞・名詞が付随すれば、活用は不要であることを中国語が証明しています。実際の会話などでは、動詞単独で時制を判断するケースはまれでかならず形容詞・名詞(昨日とか来週といった単語)が伴って表現されるのです。つまり時制における活用も語感の調整にすぎないのです。(暴論その4、暴論の大暴走はとどまることを知らない)
所詮言語は単語・フレーズのデータベース集積であり、ある一定の量の単語・フレーズをデータとして脳内にインプットしなければなりません。そのデータ間にある法則性(これを文法というのですが)をいくらインプットしても(短期間で)言葉を操れるようにはならないのではないかというのが、私が常々もっている疑問でもあります。
ということで尻切れトンボのようですが、とりあへず今回のシリーズはこのあたりで終わりとさせていただきます。
第二外国語を習得するためのTIPS Part6
Part 6 複数の言語を同時に学習することは可能か
複数の言語を同時に学習することは可能かという質問がとあるところでありました。私は可能だと思います。時間をどれだけ確保できるかという問題を横においてしまえばですけれど(笑)
ただ複数の言語を同時に学ぶ場合には、学習するタイミングをずらす必要があるのではと思います。例をあげますと、中国語の学習を今からはじめるとしたら、イタリア語は4ヶ月後からという具合にですね。
少し時間をずらしてはじめることのメリットは聴力の上達にシナジー効果があるからです。たとえば、今あなたは中国語をはじめて半年たったとしましょう。だいぶ慣れてきたけど、やはり聴き取りの壁を感じています。そういうときにイタリア語など他の言語をはじめてみます。そうしてイタリア語を勉強して、また中国語に戻ってくると結構聴き取る能力が上がっているんです。
原因はおそらく、イタリア語という新たな言葉を学習するというストレスが、逆に脳をさらに活性化するので、これまでの中国語の聴き取りに有利に働いているのだと思います。 ですから、複数の言語を同時に学習するのもひとつの方法かなと思っています。
ただ、注意しなければならないのは、同じ言語系のものは同時に学習しないほうがいいということです。たとえば、ラテン語系である、イタリア語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などは同時並行に学習するとかなり混乱しますので、避けたほうがいいのではないかなと思います。
最近日本ではスペイン語とイタリア語とフランス語を同時に勉強できるという本が出版されていますが、効果については疑問を持っています。同じ言語系のものを学習するのであれば、たとえばフランス語を集中して高いレベルまで持っていって、それからフランス語のテキストを使ってイタリア語やスペイン語を学習するほうが総じて早く学習することができると思います。
複数の言語を同時に学習することは可能かという質問がとあるところでありました。私は可能だと思います。時間をどれだけ確保できるかという問題を横においてしまえばですけれど(笑)
ただ複数の言語を同時に学ぶ場合には、学習するタイミングをずらす必要があるのではと思います。例をあげますと、中国語の学習を今からはじめるとしたら、イタリア語は4ヶ月後からという具合にですね。
少し時間をずらしてはじめることのメリットは聴力の上達にシナジー効果があるからです。たとえば、今あなたは中国語をはじめて半年たったとしましょう。だいぶ慣れてきたけど、やはり聴き取りの壁を感じています。そういうときにイタリア語など他の言語をはじめてみます。そうしてイタリア語を勉強して、また中国語に戻ってくると結構聴き取る能力が上がっているんです。
原因はおそらく、イタリア語という新たな言葉を学習するというストレスが、逆に脳をさらに活性化するので、これまでの中国語の聴き取りに有利に働いているのだと思います。 ですから、複数の言語を同時に学習するのもひとつの方法かなと思っています。
ただ、注意しなければならないのは、同じ言語系のものは同時に学習しないほうがいいということです。たとえば、ラテン語系である、イタリア語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などは同時並行に学習するとかなり混乱しますので、避けたほうがいいのではないかなと思います。
最近日本ではスペイン語とイタリア語とフランス語を同時に勉強できるという本が出版されていますが、効果については疑問を持っています。同じ言語系のものを学習するのであれば、たとえばフランス語を集中して高いレベルまで持っていって、それからフランス語のテキストを使ってイタリア語やスペイン語を学習するほうが総じて早く学習することができると思います。
2007年9月27日木曜日
第二外国語を習得するためのTIPS Part5
Part 5: 発音はやっぱりネイティヴからかな~
発音はやっぱりネイティヴに矯正してもらわないとつらいものがありますね。正直、私の発音は英語も含めてかなりヤクザです。自分で話ながらも「よく僕の発音でわかるもんだな~」と感じることがしばしばです。でもあまり聞き返されることがないから、おそらく「ネイティヴが理解できる臨界点」あたりをウロウロしてるんじゃないでしょうか。(笑)
よくわからないのですが、どうもネイティヴがわかるツボみたいなのがあって、そこさえおさえていればかなり訛っていても理解はしてくれるようです。英語の場合は、ノンネイティヴ同士で話をすることもありますが、第二外国語の場合は通常どちらかがネイティヴ・スピーカーという状況がほとんどでしょう。
そうなるとネイティヴ・スピーカーの許容範囲に甘えちゃうというのもひとつの方法かなと思っています。
おそらくそれほどたくさんツボがあるわけではないと思うのですが、そのツボがわかるまでは、どうしてもネイティヴ・スピーカーに矯正してもらう必要があるかと思います。
たまたま、私の場合はめぐまれた環境にあるのでタダでネイティヴに発音を矯正してもらうことができますが、日本だとやはり会話学校のお世話にならなければいけないのかもしれませんね。
会話学校で何を教わるか、その目的をたとえば今回のように「ネイティヴスピーカーに発音の矯正をしてもらう」と絞り込むと学校の利用価値がグンとあがるかもしれません。
発音はやっぱりネイティヴに矯正してもらわないとつらいものがありますね。正直、私の発音は英語も含めてかなりヤクザです。自分で話ながらも「よく僕の発音でわかるもんだな~」と感じることがしばしばです。でもあまり聞き返されることがないから、おそらく「ネイティヴが理解できる臨界点」あたりをウロウロしてるんじゃないでしょうか。(笑)
よくわからないのですが、どうもネイティヴがわかるツボみたいなのがあって、そこさえおさえていればかなり訛っていても理解はしてくれるようです。英語の場合は、ノンネイティヴ同士で話をすることもありますが、第二外国語の場合は通常どちらかがネイティヴ・スピーカーという状況がほとんどでしょう。
そうなるとネイティヴ・スピーカーの許容範囲に甘えちゃうというのもひとつの方法かなと思っています。
おそらくそれほどたくさんツボがあるわけではないと思うのですが、そのツボがわかるまでは、どうしてもネイティヴ・スピーカーに矯正してもらう必要があるかと思います。
たまたま、私の場合はめぐまれた環境にあるのでタダでネイティヴに発音を矯正してもらうことができますが、日本だとやはり会話学校のお世話にならなければいけないのかもしれませんね。
会話学校で何を教わるか、その目的をたとえば今回のように「ネイティヴスピーカーに発音の矯正をしてもらう」と絞り込むと学校の利用価値がグンとあがるかもしれません。
2007年9月26日水曜日
第二外国語を習得するためのTIPS Part 4
Part 4 : 基本はやっぱり聴き取り あるいは 中国語奮闘記
大前研一先生がとある講演の中で、本来語学の勉強の順番は聴・話・書・読だといっていました。
このときの話の前後関係では、「日本人は最後にすべき読から勉強をはじめるから語学が身につかない」という主旨があったので、このような順番にならべたのかなと思っています。
しかし、実際は聴・読・書・話が順番じゃないのかなと私は思っています。
いずれにせよ、まず聴が一番はじめに来るわけで、語学で最も大切なのは聴く力をつけるというところは意見が一致しています。(こういう権威を借りて自分の主張を正当化するのを虎の威を借る狐っていうんだな)
聴く力のつけ方については、このブログの中の“「聴く能力」を養う”というシリーズで書いていますので、そちらを参考にしてください。
で、今日は何を書いているかというと、実は今、中国語の勉強をしています。はっきりいって苦労しています。聴き取りで死んでます。中国語は、西洋言語に比べて、音節が極端に短く、その短い音節の中で声調という音の高低差を使って意味を表現する言語です。
だから入ってきた音声を認識して、大脳にある単語の意味と結びつける作業をして、意味を理解するために必要な時間が極端に短いです。
え?何をいってるかわからない?
まあ、手っ取りはやい話が、ある同じ意味を持ったフレーズ あるいは一つの同じ概念を、英語で話す場合には0.2秒かかるのを中国語では0.12秒くらいで済んでしまうということです。だから聴く側は英語だったら0.2秒かけて理解すればよかったものを中国語では0.12秒で処理しなければならないんですね。
声調というイントネーションの使い分けをすることで、音数を減らしている言語ですから、合理的といえば、合理的な言語なんでしょうけど・・・だから中国語を聴き取るときには、脳内反射神経とでもいうか聴力反射神経とでもいうか、とにかく脳内CPUの処理スピードを上げなきゃならない。
これがシンドイです。だれか助けて~。SNSのコミュニティなどで、よく「中国語は聴くのが苦手」と発言される方がいますが、私からいわせれば、それは「中国語がまったくできていない」に等しいと思ってます。だって、そうでしょ。中国語で書かれている文章は日本人なら「何が書かれているか」くらいはある程度想像がつきますからね。
こんなのはフランス語がまったくわからないイギリス人だってフランスの新聞を見れば、だいたい何が書いてあるかの見当がつくというのとたいした差はありませんからね。近隣の言語だからとか同じ漢字を使っているからなんて甘い気持ちは捨てないと、絶対に上達しないんだろうな~と思っています。
大前研一先生がとある講演の中で、本来語学の勉強の順番は聴・話・書・読だといっていました。
このときの話の前後関係では、「日本人は最後にすべき読から勉強をはじめるから語学が身につかない」という主旨があったので、このような順番にならべたのかなと思っています。
しかし、実際は聴・読・書・話が順番じゃないのかなと私は思っています。
いずれにせよ、まず聴が一番はじめに来るわけで、語学で最も大切なのは聴く力をつけるというところは意見が一致しています。(こういう権威を借りて自分の主張を正当化するのを虎の威を借る狐っていうんだな)
聴く力のつけ方については、このブログの中の“「聴く能力」を養う”というシリーズで書いていますので、そちらを参考にしてください。
で、今日は何を書いているかというと、実は今、中国語の勉強をしています。はっきりいって苦労しています。聴き取りで死んでます。中国語は、西洋言語に比べて、音節が極端に短く、その短い音節の中で声調という音の高低差を使って意味を表現する言語です。
だから入ってきた音声を認識して、大脳にある単語の意味と結びつける作業をして、意味を理解するために必要な時間が極端に短いです。
え?何をいってるかわからない?
まあ、手っ取りはやい話が、ある同じ意味を持ったフレーズ あるいは一つの同じ概念を、英語で話す場合には0.2秒かかるのを中国語では0.12秒くらいで済んでしまうということです。だから聴く側は英語だったら0.2秒かけて理解すればよかったものを中国語では0.12秒で処理しなければならないんですね。
声調というイントネーションの使い分けをすることで、音数を減らしている言語ですから、合理的といえば、合理的な言語なんでしょうけど・・・だから中国語を聴き取るときには、脳内反射神経とでもいうか聴力反射神経とでもいうか、とにかく脳内CPUの処理スピードを上げなきゃならない。
これがシンドイです。だれか助けて~。SNSのコミュニティなどで、よく「中国語は聴くのが苦手」と発言される方がいますが、私からいわせれば、それは「中国語がまったくできていない」に等しいと思ってます。だって、そうでしょ。中国語で書かれている文章は日本人なら「何が書かれているか」くらいはある程度想像がつきますからね。
こんなのはフランス語がまったくわからないイギリス人だってフランスの新聞を見れば、だいたい何が書いてあるかの見当がつくというのとたいした差はありませんからね。近隣の言語だからとか同じ漢字を使っているからなんて甘い気持ちは捨てないと、絶対に上達しないんだろうな~と思っています。
第二外国語を習得するためのTIPS Part 3
第二外国語を習得するためのTIPS Part3
語学学習テキストの不思議前回の続きです。ちょっと脱線ぎみ。
いつも不思議に思うのですが、日本語のテキストというのはダイアログが極端に短いです。そして往々にして分量が少ないんです。語学は「量をこなす」が基本ですから、なるべく分量の多いものを選んだほうがいいです。そういう意味でも日本語で書かれたテキストって落第点なんですよね~。例をあげてちょっとした比較をしましょう。
まずは、日本語で書かれたロシア語の教則本NHK気軽に学べるロシア語より第一課
これは私のパスポートです。
あなたは日本人ですか?
私は日本人です。
この調子で60課まであります。でもってこちらはスペイン語で書かれたロシア語の教則本El Nuevo ruso sin esfuerzoより第一課
こんにちは!
こんにちは!
ご機嫌いかが?
いいですよどちらにいらっしゃるのですか?
家に帰るところです。
あなた方は?
劇場にいくところです.
どちらのですか?
ボリショイ劇場です。
ごきげんよう.
ごきげんよう.
このくらい長いダイアログで70課まであります。単純に2冊を比較して述べるのは暴論と思われるかもしれませんが、経験的に感じるのは、日本語で書かれているテキストはおそらくそのダイアログにでてくる文法をすべて解説しようとするので、ダイアログを短くせざるえないということかな~。
実際にダイアログが長くなるとそれだけ一度に解説すべき文法が増えてきますからね。しかし語学を学ぶ上では、特に初期段階では正しい文法をひとつひとつ学んでいくよりは、多少文法的なことはわからなくとも数多くのフレーズをインプットして「まねる=まねぶ」方がより効果的なのではないかと思います。
ただ、こういうやり方がXXX語検定などに対応できるかどうかは、はなはだ心もとないのですが・・・
語学学習テキストの不思議前回の続きです。ちょっと脱線ぎみ。
いつも不思議に思うのですが、日本語のテキストというのはダイアログが極端に短いです。そして往々にして分量が少ないんです。語学は「量をこなす」が基本ですから、なるべく分量の多いものを選んだほうがいいです。そういう意味でも日本語で書かれたテキストって落第点なんですよね~。例をあげてちょっとした比較をしましょう。
まずは、日本語で書かれたロシア語の教則本NHK気軽に学べるロシア語より第一課
これは私のパスポートです。
あなたは日本人ですか?
私は日本人です。
この調子で60課まであります。でもってこちらはスペイン語で書かれたロシア語の教則本El Nuevo ruso sin esfuerzoより第一課
こんにちは!
こんにちは!
ご機嫌いかが?
いいですよどちらにいらっしゃるのですか?
家に帰るところです。
あなた方は?
劇場にいくところです.
どちらのですか?
ボリショイ劇場です。
ごきげんよう.
ごきげんよう.
このくらい長いダイアログで70課まであります。単純に2冊を比較して述べるのは暴論と思われるかもしれませんが、経験的に感じるのは、日本語で書かれているテキストはおそらくそのダイアログにでてくる文法をすべて解説しようとするので、ダイアログを短くせざるえないということかな~。
実際にダイアログが長くなるとそれだけ一度に解説すべき文法が増えてきますからね。しかし語学を学ぶ上では、特に初期段階では正しい文法をひとつひとつ学んでいくよりは、多少文法的なことはわからなくとも数多くのフレーズをインプットして「まねる=まねぶ」方がより効果的なのではないかと思います。
ただ、こういうやり方がXXX語検定などに対応できるかどうかは、はなはだ心もとないのですが・・・
2007年9月15日土曜日
第二外国語を習得するためのTIPS Part2
Part 2 第二外国語を学ぶときのテキストの選定
前回はカタカナをつぶせ!ということを話ましたが、それ以前に、カタカナをつぶさなければいけないような日本語で書かれたテキストがはたして第二外国語習得(特に西洋言語)に適しているのかをちょっと考えてみます。
ここではある程度英語がわかることを前提にしています。ご存知のとおり、我々の母国語である日本語は英語をはじめとした西洋言語とまったく異なった成り立ちをしています。表意文字と表音文字の違い、文法の違いなどですね。だから日本人は英語を学ぶのに苦労するのです。スペイン人がフランス語を習うのとは数段の違いがありますね。
ただ一旦英語を学んだならば、第二外国語は英語で学ぶ。つまり英語で書かれたテキストで勉強するのがより早道のように感じます。
理由は大きく2つあります。(1)文法の類似性と (2)単語の類似性です。(たぶんもっとあるんだろうけど、私は文法学者じゃないのでそのあたりはお目こぼしを・・・)
(1)文法の類似性
西洋言語の基本はS+V+Oですね。だから同じ文法構造をもった英語と対比しながら勉強するほうが文意の理解も早いです。
(2)単語の意味の類似性
日本語と英語ではひとつの概念を表すのに違った表現が存在します。たとえば英語のBE動詞。これに対応する動詞は西洋言語には存在しますが、日本語には存在しません(一対一でという意味でですが)。また、Takeといった広義な意味をカバーする言葉についても日本語でおぼえるよりも西洋言語同士の中で覚えたほうがスムーズです。さらに英語を使って勉強することによって英語力もつけることができるというメリットもあります。シナジー効果っていうんですか?こういうの。
今どきならアマゾンなどで海外から英語で書かれた語学テキストを取り寄せることもできます。便利な世の中ですね。
次回はもうちょっとテキストについて突っ込んで書いてみます。
前回はカタカナをつぶせ!ということを話ましたが、それ以前に、カタカナをつぶさなければいけないような日本語で書かれたテキストがはたして第二外国語習得(特に西洋言語)に適しているのかをちょっと考えてみます。
ここではある程度英語がわかることを前提にしています。ご存知のとおり、我々の母国語である日本語は英語をはじめとした西洋言語とまったく異なった成り立ちをしています。表意文字と表音文字の違い、文法の違いなどですね。だから日本人は英語を学ぶのに苦労するのです。スペイン人がフランス語を習うのとは数段の違いがありますね。
ただ一旦英語を学んだならば、第二外国語は英語で学ぶ。つまり英語で書かれたテキストで勉強するのがより早道のように感じます。
理由は大きく2つあります。(1)文法の類似性と (2)単語の類似性です。(たぶんもっとあるんだろうけど、私は文法学者じゃないのでそのあたりはお目こぼしを・・・)
(1)文法の類似性
西洋言語の基本はS+V+Oですね。だから同じ文法構造をもった英語と対比しながら勉強するほうが文意の理解も早いです。
(2)単語の意味の類似性
日本語と英語ではひとつの概念を表すのに違った表現が存在します。たとえば英語のBE動詞。これに対応する動詞は西洋言語には存在しますが、日本語には存在しません(一対一でという意味でですが)。また、Takeといった広義な意味をカバーする言葉についても日本語でおぼえるよりも西洋言語同士の中で覚えたほうがスムーズです。さらに英語を使って勉強することによって英語力もつけることができるというメリットもあります。シナジー効果っていうんですか?こういうの。
今どきならアマゾンなどで海外から英語で書かれた語学テキストを取り寄せることもできます。便利な世の中ですね。
次回はもうちょっとテキストについて突っ込んで書いてみます。
2007年9月14日金曜日
第二外国語習得のためのTIPS Part 1
Part 1: カタカナ-このやっかいなもの
日本語においてカタカナというものは非常に便利です。カタカナ表記をすることで外国語はそのまま日本語として使うことができます。普通漢字で書く文字をあえてカタカナにすることで独特のニュアンスを文章にもたすこともできます。
でも、このカタカナというのは語学学習の上では非常にやっかいなものです。もともと日本語は他の言語に比べて母音も子音も少ない言語です。音の少ない言語の表記手段ですから、当然のことながら外国語の中にはカタカナでは表現できないものがでてきます。
手近なところでは英語でいうLとRの発音の違い、中国語だって「a」だけで4種類の母音の発音があります。(声調ってやつですね)つまり、カタカナというのは外国語の発音を表記するにはかなり不完全なものなのです。
入門編の語学教材では便宜上カタカナが並列表記されていますが、これは早いうちに卒業しなければなりません。カタカナという日本語を通して学習することでLとRという本来まったく別の音にもかかわらず、「ラ」という一つの音として頭にインプットされてしまいます。ましてRの発音は、英語とスペイン語とフランス語では異なります。
だからカタカナにたよっているといつまでたっても区別がつかずに聞き取りもできませんし、発音もうまくできない、つまり上達しないということになるのです。
カタカナはいってみれば自転車の補助車のようなもので、これに頼っていてはいつまで経っても自転車に乗れないのと同じなのです。できれば入門の語学教材の初めのページにあるアルファベットと母音・子音の発音の仕方を徹底的に覚えて(なかなかこの部分は退屈なのですぐにダイアログのある項目に進みたくなりますが)、レッスン5くらいのところからはカタカナを塗りつぶしてテキストを使うようにしたほうがいいと思います。
中国語も音声教材がついているものであれば、思い切ってはピンインも塗りつぶすほうがいいと思います。(私は今、それをやりすぎてドツボにはまってますけど)
日本語においてカタカナというものは非常に便利です。カタカナ表記をすることで外国語はそのまま日本語として使うことができます。普通漢字で書く文字をあえてカタカナにすることで独特のニュアンスを文章にもたすこともできます。
でも、このカタカナというのは語学学習の上では非常にやっかいなものです。もともと日本語は他の言語に比べて母音も子音も少ない言語です。音の少ない言語の表記手段ですから、当然のことながら外国語の中にはカタカナでは表現できないものがでてきます。
手近なところでは英語でいうLとRの発音の違い、中国語だって「a」だけで4種類の母音の発音があります。(声調ってやつですね)つまり、カタカナというのは外国語の発音を表記するにはかなり不完全なものなのです。
入門編の語学教材では便宜上カタカナが並列表記されていますが、これは早いうちに卒業しなければなりません。カタカナという日本語を通して学習することでLとRという本来まったく別の音にもかかわらず、「ラ」という一つの音として頭にインプットされてしまいます。ましてRの発音は、英語とスペイン語とフランス語では異なります。
だからカタカナにたよっているといつまでたっても区別がつかずに聞き取りもできませんし、発音もうまくできない、つまり上達しないということになるのです。
カタカナはいってみれば自転車の補助車のようなもので、これに頼っていてはいつまで経っても自転車に乗れないのと同じなのです。できれば入門の語学教材の初めのページにあるアルファベットと母音・子音の発音の仕方を徹底的に覚えて(なかなかこの部分は退屈なのですぐにダイアログのある項目に進みたくなりますが)、レッスン5くらいのところからはカタカナを塗りつぶしてテキストを使うようにしたほうがいいと思います。
中国語も音声教材がついているものであれば、思い切ってはピンインも塗りつぶすほうがいいと思います。(私は今、それをやりすぎてドツボにはまってますけど)
2007年9月13日木曜日
第二外国語を習得するためのTIPS 序
ツールとしての外国語
私は、あちこちに「外国語なんて所詮ツール」ということを言い散らしている一人です。
というのも外国語を必要とする人の大部分は、外国語ができる能力が必要なのではなくて、すでになんらかの能力があって、それを日本人以外の人に伝える手段として外国語が必要になっているのではないかなと思うのです。
つまり、「ツールとしての外国語」を大部分の人は必要なのではないでしょうか。
そこで、ツールとしての外国語とはどういうことかを改めて考えてみました。
ツールである以上、
1)役に立たなければならない
2)短期で習得しなければならない
3)それ自身を学習の目的にしてはならない。
とまず規定してみました。
1)役に立たなければならない語学を学ぶうえで、なにもバイリンガルになるところまで勉強する必要はないというのが私の考えです。昨今語学を学ぼうとする人の中で、通訳・翻訳者を目指す人というのは少数派でむしろ「なんらかの必要性」を感じて語学を身につけようとする人が大半なのではないでしょうか。
「なんらかの必要性」に迫られている人は、その必要性を充足するだけのスキルを身につければいいと思っています。(自分に対する言い訳?)そうでなければ、外国語の習得にはゴールがないだけに大変すぎます。
だからその言語で何をしたいのかを明確にしたうえで、何をしなければならないのかを考えていく必要があるのです。固い言葉でいえば、目標を明確にして戦略を立案するということですね。
なんとなく「国際化の時代だから英語くらいできないと・・・」程度の動機ではちょっと弱いかな・・・。
海外旅行でちょっと会話をしてみたい留学したい好きな本を原書で読みたい好きな映画を字幕なしてみたい外人のボスと意志疎通を図りたい外国語でかかれたWEBや雑誌から情報を収集する必要がある海外出張で顧客と交渉する必要があるなどなど動機はさまざまですが、動機を明確にすることで「ツールとしての外国語」を習得するのが大事だと思います。
一般の人は語学の他に習得すべき知識・技術は山積みです。あまり語学にかかわっている時間がないのも現実でしょうし。ただこの中には「語学検定などに合格したい」というのは意図的に私ははずしました。たとえば「TOEFLで高得点をとる」は「留学したい」という目標の中の一ステップにすぎませんし、TOEICや仏語検定などは実際の目標に対してやはり指針的意味あいしかないということからです。
2)短期で習得しなければならない1)で決めた目標にはなんらかのスケジュールが頭にあるはずです。だらだらと数年間も勉強していても実際に使って楽しむ時間が減っていくだけ。まして仕事で使おうとすればなおさら習得にかける時間は短くしなければなりませんね。習得に時間がかかるからといって、お客さんは待ってくれません。やはり短期集中で習得することが必要になってくるのではないでしょうか。
3)それ自身を学習の目的にしてはならない。いったん勉強をしだすと面白くなるのが通常です。といいますかそういう気持ちにならないと習得できないのも事実。「好きこそ物の上手なれ」ですね。
だからといっていつまでも語学の勉強ばかりしているわけにもいかないのも現実。
自分が設定したレベルにある一定まで到達したならば、それを維持するだけの努力に切り替えてほかのことにエネルギーを注力すべきでしょう。ということで、これから英語をある程度勉強した方が第二外国語を学ぶうえでのTIPを私のささやかな経験を踏まえて書いていきたいと思います。
(うん、我ながら強引な話の持ってき方だな(笑))当然ながらこの方法は英語学習にも応用できると思います。たぶん、きっと・・・・。
私は、あちこちに「外国語なんて所詮ツール」ということを言い散らしている一人です。
というのも外国語を必要とする人の大部分は、外国語ができる能力が必要なのではなくて、すでになんらかの能力があって、それを日本人以外の人に伝える手段として外国語が必要になっているのではないかなと思うのです。
つまり、「ツールとしての外国語」を大部分の人は必要なのではないでしょうか。
そこで、ツールとしての外国語とはどういうことかを改めて考えてみました。
ツールである以上、
1)役に立たなければならない
2)短期で習得しなければならない
3)それ自身を学習の目的にしてはならない。
とまず規定してみました。
1)役に立たなければならない語学を学ぶうえで、なにもバイリンガルになるところまで勉強する必要はないというのが私の考えです。昨今語学を学ぼうとする人の中で、通訳・翻訳者を目指す人というのは少数派でむしろ「なんらかの必要性」を感じて語学を身につけようとする人が大半なのではないでしょうか。
「なんらかの必要性」に迫られている人は、その必要性を充足するだけのスキルを身につければいいと思っています。(自分に対する言い訳?)そうでなければ、外国語の習得にはゴールがないだけに大変すぎます。
だからその言語で何をしたいのかを明確にしたうえで、何をしなければならないのかを考えていく必要があるのです。固い言葉でいえば、目標を明確にして戦略を立案するということですね。
なんとなく「国際化の時代だから英語くらいできないと・・・」程度の動機ではちょっと弱いかな・・・。
海外旅行でちょっと会話をしてみたい留学したい好きな本を原書で読みたい好きな映画を字幕なしてみたい外人のボスと意志疎通を図りたい外国語でかかれたWEBや雑誌から情報を収集する必要がある海外出張で顧客と交渉する必要があるなどなど動機はさまざまですが、動機を明確にすることで「ツールとしての外国語」を習得するのが大事だと思います。
一般の人は語学の他に習得すべき知識・技術は山積みです。あまり語学にかかわっている時間がないのも現実でしょうし。ただこの中には「語学検定などに合格したい」というのは意図的に私ははずしました。たとえば「TOEFLで高得点をとる」は「留学したい」という目標の中の一ステップにすぎませんし、TOEICや仏語検定などは実際の目標に対してやはり指針的意味あいしかないということからです。
2)短期で習得しなければならない1)で決めた目標にはなんらかのスケジュールが頭にあるはずです。だらだらと数年間も勉強していても実際に使って楽しむ時間が減っていくだけ。まして仕事で使おうとすればなおさら習得にかける時間は短くしなければなりませんね。習得に時間がかかるからといって、お客さんは待ってくれません。やはり短期集中で習得することが必要になってくるのではないでしょうか。
3)それ自身を学習の目的にしてはならない。いったん勉強をしだすと面白くなるのが通常です。といいますかそういう気持ちにならないと習得できないのも事実。「好きこそ物の上手なれ」ですね。
だからといっていつまでも語学の勉強ばかりしているわけにもいかないのも現実。
自分が設定したレベルにある一定まで到達したならば、それを維持するだけの努力に切り替えてほかのことにエネルギーを注力すべきでしょう。ということで、これから英語をある程度勉強した方が第二外国語を学ぶうえでのTIPを私のささやかな経験を踏まえて書いていきたいと思います。
(うん、我ながら強引な話の持ってき方だな(笑))当然ながらこの方法は英語学習にも応用できると思います。たぶん、きっと・・・・。
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