2010年3月15日月曜日

捕鯨とかイルカ漁とかマグロ漁とか


最近、日本人の食生活に関わる(重大なとまではいいませんが)ことが国際問題として取り上げられてますね。

はい、2010年の英検1級では必ずこのトピックは出題されますのでチェックしておきましょう。

さて、僕はもちろん、一人の日本人としてこの手の問題に関しては日本側に立った意見を持っています。

そりゃ、無差別に捕獲して食べているのならいざ知らず(まあ、この漁獲量・捕獲量のどこまでをして適切というのかも曖昧なわけですけどね)、それなりに自己規制しながらやっているわけでしょうからね。

とにかく僕が気になるのは、こういう問題について先頭きって旗を振っているのが、アメリカ人、イギリス人、オーストラリア人だということです。

ひとまとめにしていうと、「英語しかしゃべれないボンクラども」(あ、いっちゃった)

一つの言語しか話せない人って、だいたい価値観が固定化していて違った価値観を受け入れない傾向がかなり強いです。

価値観の違いを「違う」と認識するのではなく、「あいつはヘンだ。」とあくまでも自分中心の軸でしか物事を認識できないんですわ。

それが日本のような小さな島国でボソボソとつぶやいている分には問題にはならないんだけれど、こやつらはデカイ声だして世界中に自分の価値観を押し付けてきますからね~。

複数言語を話す人が多い欧州大陸の人たちが、アメリカ人、イギリス人を嫌うのはこのあたりなのではないかと思います。

彼らにとっては、「英語を話せない人間がこの世の中に存在すること」が信じられないのと同様に「自分たちが食べないものを食べる人間が存在すること」に我慢ならないのでしょうね。

世界の悲劇はこういう単一価値観しかもてない連中に世界が牛耳られていることではないですか?

あ、そうそう・・・英検で「英語しかしゃべれないボンクラども」なこと言ったり、書いたりしたら落とされますから、気をつけましょうね(笑)

2010年3月8日月曜日

僕とTOEIC (その2)

近年のTOEICの人気はものすごいものがあります。それにともなって、出題ついては徹底的に研究され、900点超えあるいは990点を目指すテキスト、問題集も発売されるようになりました。

日本という社会の中では外国語の運用能力をきちんと評価できる人がほとんどいないため、TOEICをはじめとした資格試験が外国語能力のバロメーターになっています。そして資格試験で高得点をとることと実際の外国語の運用能力には大きな溝があるにもかかわらず、その点について目をつぶることになっています。

そのような風潮の中でTOEICにスポットライトが浴びるのはやむえないことなのでしょうが、もうひとつ僕はTOEICが流行る風潮に危惧する点がいくつかあります。

それは第一に、TOEICを通してスピーキング、ライティングといった情報発信能力が培われないというところです。国際的な場面では意見を発信するということが一番大事だといっても言い過ぎではないと思います。会議で一言も発言しない人間は次から呼ばれなくなります。ひどい場合にはプロジェクトからはずされます。

国際的な場面で対応できるように、あるいは活躍できるように英語をマスターしようとするのが本来なのに、そのバロメーターとして使っているTOEICが、国際的な場面では必要な能力を評価の対象としていないということなのです。その結果、おかしな話ですが、実際にはあまり必要とされない能力を持って英語力が評価され、それが日本国内での英語実力評価とされているということです。

僕はTOEICを「ひきこもり英語」と言っています。TOEICをひとつの英語力のバロメーターとするのは結構ですが、TOEICのスコアアップを目標化するのは非常に危険なことだと思っています。

もちろん、僕はTOEIC100%否定する気はありません。でもTOEICのスコアが700点を超えたくらいからは一人一人がそれぞれのニーズに合わせた英語を学習することをお勧めします。

こういうことを言うのは、おそらく少数派でしょう。なぜならちょっとでもTOEICのスコアがよい方であれば、「TOEICを教えます」という看板を掲げれば簡単にお金がかせげますからね。それだけTOEICスコアアップ需要があるのは事実ですが、それに伴って日本人の英語力が伸びていかないことも事実なのです。

2010年3月2日火曜日

僕とTOEIC

僕がTOEICをまじめに勉強したのは、今から15年以上前の1993年ぐらいでした。


当時の僕が配属されていたのは大手メーカーの海外部門とはいっても物流の仕事、つまり輸出通関の書類を作る部署だったため、英語を使う機会がまったくなかった状況でした。そして仕事もさほど忙しいわけではなかったので(社会人になって24年間、忙しかった日なんて全部で30日もないのですけどね)、業務に関係する通関士の受験勉強をしたりするかたわらで、英語の勉強を始めました。


僕はそれ以前にイギリスに一年間滞在した経験がありますが、それは会社の研修生という立場で滞在した関係で、会社の中ではほとんど日本語を使って仕事をしていました。だから、帰国後でもほとんど英語の力は伸びませんでした。強いてよかった点をあげるならば、デタラメでもいいから単語をならべて相手にわかってもらおうとする度胸だけは身についたところでしょうか。


そんな環境の中で時は過ぎ、なんとなく「流行」ということもあり、TOEICの勉強をはじめたわけです。その当時はアルク社のTOEIC800シリーズというものがあって、これが最も高度なレベルのTOEIC教本でした。逆にそれ以上をめざそうにも他には参考書は存在しませんでした。現在のようにTOEICの研究が進み、900点や990点をねらった教本が書店にならんでいるのをみると時代が変わったなと思います。


僕はそのTOEIC800シリーズのほとんど(リスニング、語彙、文法、リーディングなど分野によって分冊されていました。)を勉強するとともに、会社ではTIME, NEWSWEEK, BUSINESS WEEKを読み漁り、家でも新聞はJapan times、本はペーパーバックしか読まないようにし、音楽は洋楽か英語のテープを聴くだけ、テレビも衛星放送でわずかにやっていた英語のニュース番組を見るだけの生活を半年やりました。


つまり、生活の中の一部に英語の勉強を取り入れたのではなくて、生活を基本的に英語に変えてしまって、会社の業務と、家族との会話といったどうしても必要なところだけを日本語で対応する生活をしました。


日本語でこれまでインプットしていたものを英語でインプットするという生活パターンを変えただけで特に「勉強している」というストレスを感じないで、勉強を続けることができました。なぜならこれはもう勉強ではないです。生活手段のひとつとして情報インプットをしていただけです。情報のインプットを怠ったら生活ができないからそうしたまでです。


その甲斐があったのか、半年後にはTOEICのスコアが865点をとることができました。たしか300点近くアップしたと記憶しています。それ以降、僕は純粋に英語の勉強をすることをやめ、交渉術や財務知識、マーケティングなどをなるべく英語で吸収するようにしていました。そのため、たまにTOEICを受験してもスコアは伸びることはありませんでしたが、英語レベルは実戦で使えるレベル、つまり書く能力、話す能力も含めて伸ばすことができたと思っています。


おそらく今でも僕のような勉強方法、というか生活様式を半年も続ければだれでも苦もなくTOEICで800点から850点に到達することは可能だと思います。

しかしながら、おそらくそれ以上の得点をめざすのであれば、(実戦で使える英語をマスターしたい方にとって、それ以上の得点をめざすことにどういう意味があるのか僕にはよくわかりませんが)TOEIC満点獲得に特化した試験勉強が必要なのだろうとは感じます。

続く